ベーチェット病

ベーチェット病とは

ベーチェット病とは、アフタ性口内炎(炎症部が白や黄色っぽい膜で覆われ周りが赤く腫れる口内炎)、外陰部潰瘍(男性なら陰茎と陰嚢など、女性なら外陰部と膣内にできる)、皮膚炎症(にきびや毛嚢炎など)、眼の炎症(前部ぶどう膜炎、網膜ぶどう膜炎など)の4つを主な症状とする全身性の炎症性疾患です。治っては炎症を繰り返す慢性疾患の難病で、厚生労働省の特定疾患に指定されています。
地中海沿岸から中近東を通って中国、韓国に多く、日本では東北地方から北海道にかけて患者さんが多いとされています。分布する地域からシルクロード病ともよばれています。
従来は男性に多い病気とされていましたが、最近の統計をみると罹患数には男女の差はありません。
発病は男女とも20~40歳といった比較的若年層に多く、30歳ごろがピークになります。
症状は男性の方が悪化しやすく、内臓や神経、血管などに病変がおよぶ確率は男性が明らかに高く、またぶどう膜炎などの眼症状から失明に至るケースも男性に多いとされています。
現在、我が国における罹患者数は1万9千人程度で、1万人に1.5人程度と稀な病気です。
なお、べーチェット病という名は、1937年にこの病気が特定の新しい病気であると発表した、トルコの皮膚科医師フルス・べーチェット(Hulsi Behçet)教授にちなんでいます。

ベーチェット病の原因

原因ははっきりとはわかっていません。しかし、さまざまな研究から、べーチェット病がおこる仕組みとして、遺伝子の異常などの内因と細菌感染などの外因の両方が関係して、白血球に何らかの異常がおこり、過剰な免疫反応をおこしていることが判明してきました。
とくに、白血球の血液型といわれるHLA(ヒト白血球抗原)という遺伝子物質の中でべーチェット病の患者さんはHLA-B51という型の陽性率が非常に高いことが認められています。 さらに内的な要因としての遺伝子については、近年ゲノム解析が進められてきて、べーチェット病では免疫反応や炎症に関係する何種類もの遺伝子関連物質の異常が認められています。そのため、本病が免疫異常による炎症性の疾患であることがわかってきました。
また、外的要因としては以前から虫歯菌などを含むウイルスや細菌などとの関係が考えられていました。ベーチェット病の遺伝的要素をもっている人が、細菌やウイルスなどに感染することをきっかけとして、免疫異常がおこり発病に至っているのではないかという考え方です。
近年の遺伝子研究では、微生物に対して免疫反応をおこす要素も含まれていることがわかったため、この説を裏づける形になっています。
ベーチェット病は遺伝子に関係する病気ではありますが、近年の統計からは、家族内発症がそれほど多くないことがわかっています。ただし、白血球の血液型のひとつであるHLA-B51という型の陽性率が、日本人では通常約15%のところ、べーチェット病の患者さんでは約60%と明らかに高い数値を示しています。それでも全体の発症数と比較するとHLA-B51の陽性数との相関関係があるとは言えない程度です。
一方で、たとえばトルコからはドイツの移民が多いことは知られていますが、ドイツに移住したトルコ人のべーチェット病の発症率を調べた統計では、ドイツ人より上まわるものの、トルコに定住しているトルコ人よりは明らかに下回るという結果が出ています。このことから、地域性などの外的要因と遺伝子的などの内的要因が関係しあってはじめて発症するものと考えられるようになってきています。

べーチェット病の症状

べーチェット病は、口腔粘膜、外陰部、皮膚、眼の炎症やそれにともなう潰瘍が4大症状で、それにともなう副症状も特徴的なものが何種類かあります。

口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍

ほぼ、ほとんどの患者さん(98%程度)におこる症状として、唇や頬の粘膜、舌、歯肉、口蓋粘膜といった場所に円形で表面に白や黄色い膜が張っていて周囲が赤く腫れたアフタ性の口内炎ができます。初期症状としておこることが多いのですが、その後もくりかえしこの症状はあらわれます。

皮膚症状

全体的に皮膚が過敏になり、注射針などを刺したあとが赤くなったり腫れたりします。またかみそりまけなどをおこしやすくなります。
前腕部やひざから足首までの外側(専門的には下腿伸側=かたいしんそく=といいます)に病変部が炎症によって赤くなり皮下が硬くなってしまう結節性紅斑様皮疹(けっせつせいこうはんようひしん)ができ痛みます。またにきびのような座創様皮疹(ざそうようひしん)が顔や頸、胸などにできます。
また、下腿などで浅い部分にある静脈に血栓ができて炎症をおこす血栓性静脈炎をおこすこともあります。

外陰部潰瘍

男性の場合は亀頭や陰嚢、陰茎、女性の場合は大小陰唇や膣粘膜に痛みのある潰瘍ができます。ちょっと見たところではアフタ性の口内炎のような外形ですが、潰瘍は深めで傷痕として残ってしまうこともあります。

眼症状

前眼部の黒目の部分に炎症がおこる前部ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)、後眼部の網膜などに炎症がおこる網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)などを発症し、眼のかすみやまぶしさ、視力の低下などがおこった後、進行すると失明に至ることもあり、注意が必要な症状です。

この4つの主症状のほかに特徴的な副症状は次の通りです。

関節炎

肩、肘、手首、膝、足首など、大きな関節で関節炎をおこします。変形することや固まってしまうことがなく、また手指など小さな関節にはおこらないところがリウマチとの違いです。

心臓大動脈病変

最も生命予後に関連すると言われている。
心臓弁膜症は、大動脈弁に起きることが多く、大動脈弁輪拡張症になることも多い。
人工弁置換やベントール手術が行われる。弓部置換術の同時手術になることもある。
ステロイドで大動脈炎をコントロールしないと人工弁や人工血管が漏れてしまい、再手術になることがある。同種移植の対象になる。

血管病変

動脈や静脈に炎症がおこり、病変が見られることがあります。大きな静脈で血栓をおこし血管に炎症をおこす深部静脈血栓症がもっとも多く見られる血管の症状の一つです。また動脈では動脈瘤が多くみられます。
血管に病変をおこしたときには、血管型べーチェット病とよばれ、男性に多く発症します。

消化器病変

腸管潰瘍から、腹痛、下痢、下血などの症状がおこります。回腸や盲腸のある回盲部に発症することが多く、潰瘍は深いため腸管出血や腸管穿孔などをおこすと緊急手術となることもあります。腸管に発症するものを腸管型べーチェット病といいます。

神経病変

髄膜炎や脳幹脳炎などを急激に発症する急性型と、半身麻痺、運動機能障害、手足が固くなってしまったり(痙性麻痺)腱反射が過剰になってしまったりする錐体路症状などの神経症状に加え認知症などの精神症状を併発する慢性進行型にわけることができます。ただし症状は患者さんによってさまざまです。
こうした症状が主なものを神経ベーチェット病といいます。男性に多く治りにくいものとされており、とくに慢性進行型は予後があまり良くないケースが多くみられます。
喫煙習慣と関係があるとの説もあります。

副睾丸炎

精巣(睾丸)の上部にある睾丸上体を副睾丸といいます。この部分に炎症がおこり睾丸部が腫れ、圧痛がおこります。男性患者の1割程度におこるとされています。

ベーチェット病の治療方法について

べーチェット病は、4つの主症状の他にもさまざまな副症状があり、どの症状があらわれるかは患者さんによってさまざまです。そのため、治療もそれぞれの症状にあわせて行う必要があります。

眼症状

症状が前眼部の前眼ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)だけで、後眼部の炎症がない場合は、ステロイド薬を点眼し、また虹彩部の癒着をふせぐために散瞳薬を使用します。
後眼部にまで炎症がおよび、網脈絡膜炎をおこしている場合は、ステロイド剤の局所投与や内服などで対応します。
ステロイド薬の効果があまり得られない場合には抗炎症薬を予防的な意味も含めて用いますが、これらの薬には強い副作用があり、使用は慎重に行います。
また、クローン病や関節リウマチなどの治療薬としてつかわれているインフリキシマブという薬は、べーチェット病のぶどう膜炎にも効果が高いことがわかり、2007年に健康保険適用になり、その後は視力の改善が見られる患者さんが増えて、予後も良好になってきています。

皮膚粘膜症状

口腔や局所を清潔に保つように注意することに加え、炎症部にはステロイド薬を塗布することで対応します。
また、消炎剤や血管拡張作用のある薬、EPA(必須脂肪酸)などの内服も効果的です。

関節炎

対症療法的には消炎鎮痛剤などを使用しながら、消炎作用のあるコルヒチンを用います。コルヒチンはアルカロイド系の薬で、強い副作用がありますので、状態をみながら慎重に投与します。

血管病変

ステロイド薬と免疫抑制剤を中心に薬物療法を行います。深部静脈血栓症について我が国では血液を固まりにくくする抗凝固療法を行うことが多いのですが、国際的には異論がある療法でもあります。
また動脈瘤が破裂して出血した場合には、緊急手術で対応するこが多いのですが、近隣で動脈瘤ができる確率が高く、発症を繰り返す傾向があるため、できるだけ血管を保存する方向で手術を検討する必要があります。

腸管病変

ステロイド薬やリウマチ薬、潰瘍性大腸炎などの治療薬の内服が有効です。
また、近年になって腫瘍因子阻害薬のアダリムマブという薬が健康保険適用の認可薬となりましたので、今後の治療効果が期待されています。
なお消化管出血や穿孔などがおこった場合は緊急手術の対象となります。ただし再発率が高いため、術後には免疫抑制薬を用いて継続的にコントロールしていく必要があります。

中枢神経病変

急性型の脳幹脳炎や髄膜炎などがおこったさいには、大量のステロイド薬投与とともに免疫抑制薬を使用することで対応します。
慢性進行型の場合、あまり治療法はないのですが、急性白血病などに使用する代謝拮抗剤のメソトレキセートの投与が有効と言われています。

べーチェット病は、眼症状や腸管病変などの特殊な病型が認められるケース以外では、病状は慢性的に繰り返しとはなりますが、それほど重大な局面にいたることはなく、予後は比較的良好といえます。
また眼症状や腸管病変なども、近年治療効果の高い新薬が開発されており、今後は治療効果の改善が期待されています。
再発をくりかえさないよう、全身の保温に注意し、ストレスや過労などをおこさないように日常生活上十分注意をする必要があります。
食事にはとくに注意事項はありませんが、健康維持のためにバランス配分に注意をすることが大切です。また、喫煙は病状を悪化させる傾向があり厳禁です。

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