マルファン症候群

マルファン症候群とは

マルファン症候群は、細胞外マトリックス(細胞周囲を取り囲む成分でコラーゲンやヒアルロン酸などを示します)の遺伝子異常による疾患で目や骨格異常や心臓弁膜症や大動脈瘤によって診断される病気です。

マルファン症候群の診断

    1. 目は水晶体の脱臼により極度の近視を認め、また、網膜剥離による失明を起こします。
    2. 骨格系では病気の診断で用いられる手の指が長いのが特徴です(親指サイン、手首サイン)。また、骨が弱く曲がりやすいために、側彎症による運動障害と疼痛をおこします。胸の骨の変形をきたして漏斗胸や鳩胸を起こすことがあります。扁平足になることがあります。顔面や頭の形に特徴があり、特徴的な顔貌を認めることがあります。

  1. 呼吸器系では肺嚢胞の破裂による気胸を起こします。
  2. 神経系では脊髄を包む髄膜の脱出を起こし、髄膜瘤となり中枢、末梢神経の障害を起こします。
  3. 循環系では心臓弁の逸脱により重症の心臓弁膜症を起こします。そして最も重要になるのが心臓の出口の大動脈基部の大動脈瘤で診断の決め手になります。大動脈弁輪拡張症といいます。


    この大動脈の組織像では弾性繊維と膠原繊維の綺麗な層状構造が部分的な消失が起こり、弾性繊維の断裂と膠原繊維の増成を認め、大動脈瘤破裂や大動脈解離の原因になります。大動脈基部の大動脈瘤が解離や破裂を起こすと心タンポナーデのために死亡する原因になります。


    マルファン症候群は、30代で死亡する危険な病気と医学書に長年掲載されてきました。1万人に1人に発症して、50%の確率で遺伝する疾患で、難病に指定されています。心臓の出口の大動脈瘤の手術が難しく、長年心臓外科で課題になってきました。40年前に私が心臓血管外科の医師になった時は、最も難しい手術の1つでした。しかし、現在では早く診断さえすれば、決して治療が困難な病気ではありません。早期診断と早期治療をお勧めします。

マルファン症候群の歴史的背景

歴史的な背景は、フランスの小児科医ベルナール=マルファン医師が1896年に5歳の手指が長く、背骨の曲がった女の子の症例報告をしているのがマルファン症候群の最初の例と言われています。その後、別の医師によってマルファン症候群と命名されたました。マルファン症候群として有名なのは、アメリカ合衆国のリンカーン大統領やピヤニストのラフマニノフやバイオリニストのパガニーニが有名です。指が長いので音楽家には有利のようです。調べると興味深い逸話がそれぞれにあります。

マルファン症候群の手術治療

マルファン症候群の手術治療は英国の医師ベントールが、1968年に人工弁付きの人工血管で大動脈基部の置換を報告したのが根治手術の始まりと思われます。

日本での手術治療は恩師の橋本先生(故人)が1973年に報告しております。現在までに改良がされて私の術式などでベントール手術は、ほぼ完成されています。

しかし、自分の弁を用いて基部置換を行う新しい術式がまだ確立されていないのと胸部下行大動脈と腹部大動脈を同時に人工血管に置換する胸腹部置換術が下半身の麻痺の合併症のため成績の向上が得られず、治療が進んでいないという問題があります。

マルファン症候群の手術治療(現在)

私の開発したベントール手術法の変法(青見法)と2つの最先端手術戦略をご紹介します。

  1. ベントール変法(青見法)
  2. 自己弁温存基部置換の最新術式、人工血管サイザー開発(特許取得)
  3. ナビゲーションシステムを用いた脊髄栄養責任動脈(アダムキューヴィッツ動脈)の確実な再建法です。

ベントール変法(青見法)

人工弁による大動脈基部置換術です。Wheat法(不完全な大動脈基部置換術)は初期に考案された基部置換の方法でしたが、仮性大動脈瘤(基部大動脈瘤の再発)よりベントール法が考案されました。当時の人工血管は血液が漏れることにより、大動脈瘤壁で包み込んだ人工血管の冠動脈吻合部がしばらくすると外れてきました。これに対応したのが私の術式です。人工血管が漏れない材質のものが使えるようになったことが革新的なことでしたが、冠動脈をボタンにくり抜き、細い人工血管に吻合することによる長期にわたって吻合部が瘤になることが防げます。人工弁にスカートを履かせることにより、血栓による人工弁の機能不全を防ぐことができます。非常に安定した成績を達成しました。

 

自己弁温存基部置換

1992年のDavidの自己弁温存基部置換が発表され、人工弁を使わないで基部置換を行うことにより若者が多いマルファン症候群では生活上の利点が多く、日本中で自己弁温存手術が試みられました。Davidは、おそらく手術の出来栄えが満足できず、次々に術式を変えていました。第1〜5法まであります。また、日本では代表的な施設で初期の症例を全部再手術して人工弁に置換したことが報告され、対処法が見つからない状態でした。しかし、David が最終的にすばらしい遠隔成績を出してきたので、卓越した技術を持った心臓外科医が手術を工夫すれば良い結果を得られるのではないかと考えました。私は、2005年にDavidの第1法と5法から開始しました。バルサルバ洞の形態のような新型の人工血管を試しました。血行動態的に有利と評価されていましたが、実際には問題があり使用を中止しました。

ベントール手術とDavid手術の成績を示します

(David手術はDavid手術のⅠ法とⅤ法および自身の自己弁温存基部置換法を意味します。)
2005年から2014年までに行ったベントール手術と自己弁温存手術の症例です。102例ありました。自己弁温存手術は、手術成績および生存率は非常によいです。ベントール手術は15年以上で生存率が少し落ちます。人工弁の維持管理の難しさがあります。自己弁温存手術の再手術回避率は、初期に大動脈弁が漏れる症例があるために低下します。なんらかの対策や工夫が必要と分かりました。

自身の自己弁温存基部再建術の開発

正常のバルサルバ洞の形態をMDCTで見ると交連部の位置がバルサルバ洞のように拡張していないことがわかります。したがって、全体的に拡大しているバルサルバグラフトは、自己弁を縫い付けると交連部が広がり、漏れやすくなることが分かります。バルサルバグラフトは使用を中止しました。
David手術でなぜ、大動脈弁が漏れるのか?この答えを1)弁輪の変形、2)交連部の位置の再現性がずれているからと考えました。


1)に対しては、弁輪の固定は、各冠動脈洞に1カ所にしました。2)に対しては、交連部の位置をMDCTで角度と高さから正確に決めるようにしました。
術式の図を示します。

David手術の問題として、上行大動脈の残存部の動脈瘤や解離が再手術で認められることより上行大動脈は近位弓部置換位より残さないようにしました。

手術は人工心肺装置を用いて行います。心房から脱血して人工肺で酸素化して動脈に返します。これにより心臓の停止が可能になり、心臓の手術が可能になります。大動脈の手術には一時的な循環の停止が必要になります。図の方法は、温度を18℃まで下げて上大静脈に酸素化血液を送る逆行性脳灌流という方法です。1996年に自身が東京女子医大での研究で開発した方法です。

手術法ですが、人工心肺を装着して、大動脈を遮断して大動脈弁を見ます。解離がないか確認します。バルサルバ洞の拡張を認めますので外側の脂肪組織との癒着を心臓弁の付着部位まできれいに剥離していきます。冠動脈をボタン状に切り抜きます。3つの弁の下に固定糸を縫合します。人工血管にマーキングを行います。120度ずつの3分割のラインと交連部の高さ20㎜のラインを記載します。人工血管に弁輪の固定針を通し、MDCTの設計図通りに交連部を固定します。水試験で弁の合わさりが良いことを確認します。ズレや漏れがあるときは交連部の位置を動かして調整します。バルサルバ洞を人工血管に縫合します。冠動脈を側口に吻合し再建を終了します。

自作の人工血管のサイザーです。特許を取得しました。

人工血管のサイズが大きすぎると漏れが起こり、小さいと弁の歪みができるので人工血管を術野に出す前に人工血管のサイズを決められると手術の正確性を高めることが出来ます。この最新の術式により成績は安定し、弁のもれは少なくなり、再手術は減少しました。マルファン症候群の妊娠出産が可能になり、無事出産が行われています。

手術の成績

David手術と自身の考案した最新の自己弁温存手術の経過観察の成績と再手術の回避率を示します。全例生存率は良好です。再手術は最新の自己弁温存手術で改善を認めています。しかし、早期に自己弁が短縮する症例があり、再手術になった方がいます。未解決の問題もあります。

ナビゲーション手術、コンピューター手術です。

早稲田大学の理工学部と東京女子医科大学の先端医療研究所、国立医薬品食品衛生研究所との共同研究です。
胸腹部大動脈瘤手術の問題点は、1つは開胸と開腹(一部後腹膜アプローチ)による広範囲の術野の展開が必要になり、出血が多くなり、内臓障害と多臓器不全を起こしやすいということと、もう1つは、脊髄梗塞により下半身麻痺になり車椅子の生活になることです。マルファン症候群の若い患者さんにとっては、大変深刻です。高性能CT検査ににより脊髄の1ミリ以下の血管が見えるようになりましたので、術前診断によりこれを確実に再建することを重要と考えています。しかし、実際には開けても肋間動脈だけでも16本、腰動脈4本、腹部内臓動脈が5本以上あり、術中に大動脈を切開して判別困難な状況があります。
これを位置測定カメラを用いたナビゲーションシステムで判定して再建しようというわけです。

システムは、位置測定カメラと指示ポインター、ベット位置レファランス、画像構成コンピューターからなります。最初に患者さんをベットに寝かせて体表面からナビゲーションを行い、手術をイメージしながら切開線を決めます。大動脈から脊髄につながるアダムキュービッツ動脈の位置も確認します。次に開胸し、剥離を行い、大動脈瘤表面で肋間動脈の位置を確認し、大動脈遮断の位置、再建血管の位置を確認します。

緑の線で示すものがターゲットの位置になります。実際の指しているところとCT上の位置を合わせて位置を確認します。
手術は、大腿動静脈で人工心肺を開始して、内臓血管と重要肋間動脈に血流を流して手術を行います。常に脳表面を電気刺激して足の筋電図をモニターし脊髄が損傷してないことを確認して手術を行っています。

胸腹部大動脈瘤手術の安全対策としてのイノベーションである大血管ナビゲーションは、大変有用で手術を行うことが出来ています。

最近のマルファン症候群の生存率は、2002年には20年で50%まで低下していたのが2020年では87%まで向上しました。80歳以上の患者さんもおられますので健康な人に劣らない生活を営むことができるようになりました。大動脈を全部手術しても運動は制限されますが、通常の日常生活が可能になっています。

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